今日も五郎はいつものように豊川(とよがわ)を上(かみ)へと舟を漕(こ)ぎ、自分の漁場(りょうば)へと漁(りょう)に出た。
ところがこの日は、どういうものか小魚一匹釣れなかった。 次の日も、また次の日も漁はなく、骨折り損のくたびれもうけだった。 それでも、五郎は毎日かかさず豊川に漁に出かけて行った。
五郎は、豊川のほとりで生まれ、豊川の水で産湯(うぶゆ)をつかり、豊川を遊び場として育ち、幼い時から漁師(りょうし)の父(とう)ちゃんの後をついてまわり、見よう見まねで魚釣りをおぼえ、いつの間にか五郎も漁師になっていた。
漁師といえば、五郎の親父(おやじ)は、豊川の漁師仲間から「釣り名人の三吉さぁ」と呼ばれ、一目(いちもく)置かれていたが、ある年の冬、風邪をこじらせて五十半(なかば)で死んでしまった。
親父は、いつも漁場に着くと、まず家族の安全と豊漁(ほうりょう)を願い、おてんとうさまに手を合わせるのが一日の始まりだった。